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Rise and Shine
(c)taddy_xmas photographed at meguro, japan, 2010  © taddy



歴史に残る未曾有の大災害。 時間が経つにつれて分かってくる悲惨さ。 なぜ、このようなことが起こるのか?と自問自答し、やるせない気持ちになりました。

でも、ちょっと待って。

この惨劇を上回る素晴らしいことが、今、日本を包んでるんじゃないかな?

誰しもが、自分も何かできないかとやきもきしてます。ツイッターやFacebookなどのSNS上では、互いに助けあったり、役立つ情報を提供しあっています。街中でも、トイレを開放したり、パンを配ったり、持っているものを分け合ったり。

思いやり。助け合い。無償の奉仕。パニックを起こさず秩序の中で、年齢や性別、社会的地位に関係なく、愛の輪が広がっています。暗い政治や経済、社会的倦怠感。そういう空気の中で、無気力だった日本が、鉄の殻を破って立ち上がりはじめています。目覚めはじめています。 輝きはじめています。

そして、世界のあたたかい眼差しが世界から向けられています。世界が心をひとつにしています。これまで日本が助けてくれたんだからと、世界中が日本のためにと率先して援助の手を差し伸べてくれています。すでに90カ国以上から支援の声が届いているそうです。

アメリカの各紙は、日本の高い技術が多くの命を救ったことを賞賛し、日本は決して倒れないと応援の言葉でいっぱいです。オバマは最大限の言葉で日本への支援を約束しました。中国やインドやベトナムは、日本人が秩序だって助け合っている姿を感嘆しています。イギリスの紙面では、日本語で「がんばれ日本、がんばれ東北」と書いてくれています。

亡くなられた方々はもう帰ってきません。大切な人たちを失った人々の気持ちを考えると、胸が張り裂けます・・・。 けれど、試練のときは恵みのときでもあります。試練を凌駕する恵みが必ず注がれます。ネガティブな連鎖や誘惑に負けてはいけません。

この思いやり&助け合いの輪を広げて、日本人の和の心を世界に示すときです。ボクたちはしっかり目を覚まして、自分たちを見つめ直し、亡くなられた方々のためにも、もっともっと良い日本を作って行かねば!!プライドやエゴを捨てて輝け、日本人!!変化の時が来たのです。それが、生き残っているボクたちの使命です。



The historical disaster has hit our country. We find out how horrible the situation is little by little as time goes by. Then, I wonder why this could happen to us…

But, wait a minute. Think about it. A great multitude of goodwills are surrounding the nation, which surpass the tragedy.

Everyone is eager to do something to help the people who have been suffering from the earthquake and the tsunami. They actively exchange the info on SNS. Some open the house to let the folks in need use the restroom, some distribute the bread and some share what they have with others.

Warm kindness and consideration. Unconditional social services. The chain of love is now spreading all corners of Japan regardless of sex, age and social status in harmonious order. The Japanese are snapping out of their stupor after the long-lasted bleak economy and insipid politic. We are breaking and coming out of the iron chamber!! We are rising and shining!!

Also, as many as 90 countries from abroad are quickly reaching out their helping hands for us!! They are amazed to see how the Japanese are behaving properly even in the most difficult time. They say that it is the time for them to support Japan, since Japan has been providing the numerous aids to many countries over the years.

Those who passed away in the natural disaster will not come back. So, don't be swallowed by the negative temptations, folks!! We the Japanese are now caring each other and helping each other; we have started shining in the darkness!! Throw away your pride and egoism and shine like the sun, all the Japanese!! It is our duty who have survived the disaster.

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The Cove
(c)puppy_taddy photographed at ginza, japan, 2011  © taddy



いろいろと騒ぎを巻き起こしているドキュメンタリー映画、「ザ・コーヴ」。

和歌山県・太地町のイルカ漁の“残酷さ”を訴える映画ですが、最近、太地町の各住民に「ザ・コーヴ」のDVDが送られて来たそう。DVDは映画がコピーされたものだったらしいですね。どういう経緯で送られたのかは知りませんが、DVDのコピーは違法(=犯罪)だと思うのですが・・・。

捕鯨やイルカ漁のことで、日本は批判を受けてますね。それに対する反論も多々あります。でも、そこにたくさんの矛盾を感じるんですよね。

たとえば、ボクがアメリカにいた頃の話。アメリカはハンティングが盛ん。キャンプに行くと、鹿やオオカミなどの仕留めた“獲物”を誇らしげにぶら下げて写真を撮っているハンターたちに出くわします。

鹿は殺してもよくてイルカはなぜダメなのか?鹿は農作物を荒らす害獣だから?イルカは知能が高いけど鹿は知能が低いから?鹿は増えすぎて個体数が多いけど、イルカは貴重だから?

「命」という基準で考えれば、イルカも鹿も同じはず。害獣であろうと、それは人間が決めつけた判断であって、彼らにも生きる権利はあります。ひとつの「命」の重さは個体数の多い少ないに関係ありません。知能の高い動物は殺しちゃダメというのは、人間で言い換えると、頭の良い人たちは大切にしないといけないけど、バカな人たちはぞんざいに扱ってもよいと言っているのと同じこと。これって差別ですよね?

イルカを捕ることが単なるハンティングの楽しみで行われているのであれば、批判されてもおかしくないと思いますが、太地町のイルカ漁は、食文化です。乱獲しているわけでもなく、必要分だけを必要なときに捕っているだけのこと。

そもそも思うんです。環境運動家にしても動物愛護家にしても、人間を大事にできない人が動物や環境をも大事にできるわけがないと。

動物や環境は、ある意味、ボクたちとは「離れた存在」です。人間同士の緊密さとはまた違います。もっと身近な例で言い換えると、同じ人間でも、道端で出会う「他人」に愛想をふりまくことは難しくないけど、一番身近な存在である家族には「ありがとう」のひとことさえちゃんと言えないのと似たようなことです。

直接的に関係のある人たちを大事にできないのに、周囲を大事にしようとすることは、表面的な行為に過ぎません。傷つくことなく「良い人」である自分に酔いしれる自己満足だと思います。

ですから、人間同士の関わりありを大切にできない人が、環境や動物を本当の意味で大切にできるとは、ボクにはとても思えません。

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Dona Eis Pacem
(c)sky_taddy photographed at yotsuya, japan, 2011  © taddy



昨日(2/23)、メンディサバル神父さまの葬儀ミサに参列してきました。

まだ、亡くなったことが信じられない気持・・・。メンディサバル神父と同じ地方出身のスペイン人司祭が、彼との思い出をシェアしてくださいました。

ミゲル・メンディサバル神父さまは、スペインのギプスコア州で1920年11月29日に生まれます。ご両親はとても立派な方々だったそうで、4人の兄弟と6人の姉妹という大家族。しかも、4名の男兄弟はなんと全員司祭に、姉妹のうち2〜3名以外はみんなシスターになったということです!若いころはサッカーの選手としても活躍。かなりのスポーツマンだったそう。いつもゆっくり歩き、穏やかに話される神父さまからは、想像もつきませんでした。

1936年、イエズス会に入会。神学生時代に、南米のエルサルバドルに派遣されます。この同僚司祭は、現地から送られてきた会報を、今でも記憶しているそうです。記事に何が書かれていたかは忘れてしまったということですが、そこには若いメンディサバル青年の写真と、その下に「Fordidad y Suavidad (フォルディダド・イ・スアヴィダド)」という短い言葉が書かれていたそう。それは、スペイン語で「勇敢に、そして、柔和に。」という意味で、聖書の中の言葉から取られていました。そして、それこそが、まさに神父さまの生き方であったと。忍耐強かったからこそ、柔和でいられたと。

ちなみに、1936年と言えば、コミュニストとファシストがぶつかったスペイン内戦に突入した時代。修道会は追い出されてしまったため、ベルギーで修練を続け、1951年に司祭に叙階されます。

1954年、日本に派遣されます。すでに30歳を超えてましたから、ゼロから日本語を学ぶことは、非常に骨の折れることだったことは想像に難くありません。しかし。神父さまの日本語はなまりもほとんどなく、とても流暢で美しい日本語でした。そこから死去するまでの約60年間、日本のために尽くされました。

ですが、一度、南米のエクアドルに、現地の修道院の院長として派遣されます。直前にローマで偶然に再会したこの同僚の司祭は、メンディサバル神父さまから「大変なことになりました!」と言われたそう。が、長上の命令に忠実に従い、エクアドルへとすぐに赴きます。当初、2〜3年の派遣と言われていたのが、10年になっていました。現地の人たちが帰したがらなかったんだろうなと思います。

そのまま、母国スペインに帰ることも可能だったのですが、メンディサバル神父さまは日本に戻ることを選ばれました。そして、つい先週くらいまで、90歳になりながらもしっかりと毎日仕事をこなされていたんです。

神父さまは修道院の修練長などをたびたびされているせいか、黙想指導にも定評がありました。イエズス会には、ロヨラの聖イグナチオが残した「霊操」という黙想の方法があります。この黙想は28日間かけておこなわれます。神父さまご自身もたびたび黙想をされていらっしゃいました。そして、最近も神父さまは「霊操」をされていたそうですが、亡くなったのはちょうど「霊操」の最終日(28日目)だったとのこと。まさに神さまが呼びにこられたんでしょうね。

死去も突然のことだったようです。先日、若干体が痛むと体調の不良を言われていたそうですが、休めば大丈夫だろうということで静養を取っていたところ、神父さまの部屋を訪れた別の神父さまが、メンディサバル神父がこん睡状態に陥っていることに気付きました。そして、すぐにお医者さんを呼んだのですが、病院に運ぶよりも兄弟たちに囲まれて最期を迎えた方が幸せだろうという判断となり、修道院の中で静かに死を迎えられました。死の直前、お顔が輝くように美しかったとのことです。

平日の昼間でしたが、葬儀ミサにはたくさんの人たちが別れを惜しんで参列しました。聖なる師を失った悲しみにあふれていましたが、キリスト教では死は終わりではなく、復活の喜びに向けた晴々しさがあります。さすがにご遺体にお別れの献花したときには、涙があふれてきて止まりませんでしたが・・・。

で、思いました。大事な方を失ったため、ボクの中は今ぽっかり穴が開いた感じです。これは、言い換えれば、ボクたちって、周囲のたくさんの人たちによって作られているんだなと。ボクという存在は、人生の中で出会うたくさんの人たちによって構成されているんですよね。だから、一人欠けると、ボクの中の構成要素が一つかけてしまうから、喪失感を感じる・・・。それだけ、ボクたちは、自分ひとりで生きているのではなく、周囲に生かされているということです。

葬儀の後、空を見上げると、青く晴れ渡った空に、一筋の飛行機雲がただよっていました。

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Fr. Mendizabal
(c)mary&jesus_taddy photographed at my apartment, japan, 2011  © taddy



昨日、突然入ってきた悲しい知らせ。

大変お世話になっていた神父さま(メンディサバル神父)が亡くなられました。

カトリックには「告解(こっかい)」というものがあります。一般には、「懺悔(ざんげ)」と言った方が分かりやすいかもしれません。ついたてで遮られた小さな小部屋で、信徒が司祭に冒した罪を告白するシーン、映画でも見たことあると思います。この神父さまは、告解を聴くのが上手なので有名でした。いつも告解室の前には行列ができていました。ボクがカトリックになったのは、かれこれ15年くらい前。その時から今までずっとこの神父さまに告解していました。

一日に何時間も小部屋の中で、人々の犯した罪にじっと耳を傾け、罪の赦しと的確なアドバイスを与えるのは、心身ともに大変な重労働です。しかも、司祭は、絶対に告解で聞いたことを人に話してはいけません。ボクたちは何かあると人に話して気を和らげることができるけど、それもできないんです。

メンディサバル神父さまは、1920年、スペイン生まれ。もう90歳だったと知ってびっくり。1954年に来日されて、60年近く、ずっと日本のために働いてくださいました。亡くなる直前まで働かれていました。ボクもつい先週末、告解を聴いていただいたばかり。その時、いつもとかわりなくしっかりされていてお元気だったのに・・・。あの優しい声と静かに祈る透明な姿を聴くことも見ることもできないのは、そして、告解を聴いてもらえないのは、寂しいです・・・。心にぽっかり穴が開いた感じです。

どれだけ神父さまが精神的な支えだったか、改めて痛感しました。そして、いつもそこにいて当たり前と思っている人たちは、本当は当たり前なんかじゃなくて、出会えたこと・一緒にいれること自体、奇跡なんだということを、改めて痛感しました。

もう一人の祖父のようなこの徳の高い神父さまと出会え、15年間お世話いただいたのは、本当に幸せなことだと思います。祖国を捨てても日本のために働かれ、東京近郊の多くの人たちの心の支えとなり、あたたかく包み込んでくださった神父さまが、天国でゆっくり休んで、みんなを見守り続けてくれますように。

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No Way, Jose
tree photographed at yoyogi park, japan, 2010  © taddy



もう民主党、いい加減にして欲しいね・・・。

小沢への処分(あまあまな処分だけど w)を巡って、小沢を「親方」と呼ぶ議員たちの離反騒動。小沢さまさまの議員たちにとっては、「小沢 > 国民」なんだよね。

そもそも、こんな長い期間かけて「一兵卒」をも処分できない政党が、国政などできるはずもないのですが。まぁ、これまで民主党って誰も責任とってこなかったもんなー。なんかあっても開き直って居座るし。

菅たちは、予算法案を通して実績を作りたいがため、にべもなく社民党や公明党にすり寄ってます。そもそも内輪揉めしてる党に、誰が協力するでしょうかね。だいたい、国会を説得できる自信のない法案なぞ出すなと。

そんでもって、「方便だった」というル―ピーの超ド級のバカ発言。そういえば、ル―ピーさん、「菅が民主党をめちゃくちゃにしてしまった。でも、今選挙やったら、全部吹き飛んでしまうので、なんとか耐え抜いて民主党を再建しなくては。」とおっしゃってました。結局、政権を手放したくないだけの利己的考えですわな。

はたまた、「尖閣問題」については、代表選のために対応がおろそかになってしまったと認めちゃった菅。こんな総理に国を任せちゃたまったもんじゃありません。

外交はホントに失敗続き。アメリカとの関係悪化や尖閣問題だけでなく、北方領土問題でもロシアとの関係が過去最悪。「もう日本とは領土交渉しない!」と言われてしまいましたよ(もともと悪いのは勝手に占領したロシアだけど)。これは、外交をおろそかにしている証拠。そもそも、民主党には全然他国とのパイプがないのです。

マニフェスト、いや、詐欺フェストもつぎつぎとボロがでて、実行不可能。先日、江田法務大臣は、マニフェストは「心眼」で作ったとおっしゃいましたな。野党時代で資料が十分なかったため、また、霞が関がデータを出し惜しみしたため、という言い訳。要は、マニフェストは客観的事実に基づいて作ったのではなく、想像で作ってみましたというわけですよ・・・。

民主党政権下で日本はどんどん競争力を失い、国土まで失いかけてる・・・。経済的にも外交的にも危機的な状況なのに、いつまでも内輪もめ。口だけは立派。いやはや、一日も早く解散していただかないと、日本はヤバいですよ、マジで!!そもそも、国民のための政治を掲げてたのだから、国民の信を問うべきでしょう。

国民も、きれい事だけに流されて票を入れるようなことしちゃダメ。結局は自分たちにつけが帰ってきますよ。

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