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Dona Eis Pacem
(c)sky_taddy photographed at yotsuya, japan, 2011  © taddy



昨日(2/23)、メンディサバル神父さまの葬儀ミサに参列してきました。

まだ、亡くなったことが信じられない気持・・・。メンディサバル神父と同じ地方出身のスペイン人司祭が、彼との思い出をシェアしてくださいました。

ミゲル・メンディサバル神父さまは、スペインのギプスコア州で1920年11月29日に生まれます。ご両親はとても立派な方々だったそうで、4人の兄弟と6人の姉妹という大家族。しかも、4名の男兄弟はなんと全員司祭に、姉妹のうち2〜3名以外はみんなシスターになったということです!若いころはサッカーの選手としても活躍。かなりのスポーツマンだったそう。いつもゆっくり歩き、穏やかに話される神父さまからは、想像もつきませんでした。

1936年、イエズス会に入会。神学生時代に、南米のエルサルバドルに派遣されます。この同僚司祭は、現地から送られてきた会報を、今でも記憶しているそうです。記事に何が書かれていたかは忘れてしまったということですが、そこには若いメンディサバル青年の写真と、その下に「Fordidad y Suavidad (フォルディダド・イ・スアヴィダド)」という短い言葉が書かれていたそう。それは、スペイン語で「勇敢に、そして、柔和に。」という意味で、聖書の中の言葉から取られていました。そして、それこそが、まさに神父さまの生き方であったと。忍耐強かったからこそ、柔和でいられたと。

ちなみに、1936年と言えば、コミュニストとファシストがぶつかったスペイン内戦に突入した時代。修道会は追い出されてしまったため、ベルギーで修練を続け、1951年に司祭に叙階されます。

1954年、日本に派遣されます。すでに30歳を超えてましたから、ゼロから日本語を学ぶことは、非常に骨の折れることだったことは想像に難くありません。しかし。神父さまの日本語はなまりもほとんどなく、とても流暢で美しい日本語でした。そこから死去するまでの約60年間、日本のために尽くされました。

ですが、一度、南米のエクアドルに、現地の修道院の院長として派遣されます。直前にローマで偶然に再会したこの同僚の司祭は、メンディサバル神父さまから「大変なことになりました!」と言われたそう。が、長上の命令に忠実に従い、エクアドルへとすぐに赴きます。当初、2〜3年の派遣と言われていたのが、10年になっていました。現地の人たちが帰したがらなかったんだろうなと思います。

そのまま、母国スペインに帰ることも可能だったのですが、メンディサバル神父さまは日本に戻ることを選ばれました。そして、つい先週くらいまで、90歳になりながらもしっかりと毎日仕事をこなされていたんです。

神父さまは修道院の修練長などをたびたびされているせいか、黙想指導にも定評がありました。イエズス会には、ロヨラの聖イグナチオが残した「霊操」という黙想の方法があります。この黙想は28日間かけておこなわれます。神父さまご自身もたびたび黙想をされていらっしゃいました。そして、最近も神父さまは「霊操」をされていたそうですが、亡くなったのはちょうど「霊操」の最終日(28日目)だったとのこと。まさに神さまが呼びにこられたんでしょうね。

死去も突然のことだったようです。先日、若干体が痛むと体調の不良を言われていたそうですが、休めば大丈夫だろうということで静養を取っていたところ、神父さまの部屋を訪れた別の神父さまが、メンディサバル神父がこん睡状態に陥っていることに気付きました。そして、すぐにお医者さんを呼んだのですが、病院に運ぶよりも兄弟たちに囲まれて最期を迎えた方が幸せだろうという判断となり、修道院の中で静かに死を迎えられました。死の直前、お顔が輝くように美しかったとのことです。

平日の昼間でしたが、葬儀ミサにはたくさんの人たちが別れを惜しんで参列しました。聖なる師を失った悲しみにあふれていましたが、キリスト教では死は終わりではなく、復活の喜びに向けた晴々しさがあります。さすがにご遺体にお別れの献花したときには、涙があふれてきて止まりませんでしたが・・・。

で、思いました。大事な方を失ったため、ボクの中は今ぽっかり穴が開いた感じです。これは、言い換えれば、ボクたちって、周囲のたくさんの人たちによって作られているんだなと。ボクという存在は、人生の中で出会うたくさんの人たちによって構成されているんですよね。だから、一人欠けると、ボクの中の構成要素が一つかけてしまうから、喪失感を感じる・・・。それだけ、ボクたちは、自分ひとりで生きているのではなく、周囲に生かされているということです。

葬儀の後、空を見上げると、青く晴れ渡った空に、一筋の飛行機雲がただよっていました。

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Fr. Mendizabal
(c)mary&jesus_taddy photographed at my apartment, japan, 2011  © taddy



昨日、突然入ってきた悲しい知らせ。

大変お世話になっていた神父さま(メンディサバル神父)が亡くなられました。

カトリックには「告解(こっかい)」というものがあります。一般には、「懺悔(ざんげ)」と言った方が分かりやすいかもしれません。ついたてで遮られた小さな小部屋で、信徒が司祭に冒した罪を告白するシーン、映画でも見たことあると思います。この神父さまは、告解を聴くのが上手なので有名でした。いつも告解室の前には行列ができていました。ボクがカトリックになったのは、かれこれ15年くらい前。その時から今までずっとこの神父さまに告解していました。

一日に何時間も小部屋の中で、人々の犯した罪にじっと耳を傾け、罪の赦しと的確なアドバイスを与えるのは、心身ともに大変な重労働です。しかも、司祭は、絶対に告解で聞いたことを人に話してはいけません。ボクたちは何かあると人に話して気を和らげることができるけど、それもできないんです。

メンディサバル神父さまは、1920年、スペイン生まれ。もう90歳だったと知ってびっくり。1954年に来日されて、60年近く、ずっと日本のために働いてくださいました。亡くなる直前まで働かれていました。ボクもつい先週末、告解を聴いていただいたばかり。その時、いつもとかわりなくしっかりされていてお元気だったのに・・・。あの優しい声と静かに祈る透明な姿を聴くことも見ることもできないのは、そして、告解を聴いてもらえないのは、寂しいです・・・。心にぽっかり穴が開いた感じです。

どれだけ神父さまが精神的な支えだったか、改めて痛感しました。そして、いつもそこにいて当たり前と思っている人たちは、本当は当たり前なんかじゃなくて、出会えたこと・一緒にいれること自体、奇跡なんだということを、改めて痛感しました。

もう一人の祖父のようなこの徳の高い神父さまと出会え、15年間お世話いただいたのは、本当に幸せなことだと思います。祖国を捨てても日本のために働かれ、東京近郊の多くの人たちの心の支えとなり、あたたかく包み込んでくださった神父さまが、天国でゆっくり休んで、みんなを見守り続けてくれますように。

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No Way, Jose
tree photographed at yoyogi park, japan, 2010  © taddy



もう民主党、いい加減にして欲しいね・・・。

小沢への処分(あまあまな処分だけど w)を巡って、小沢を「親方」と呼ぶ議員たちの離反騒動。小沢さまさまの議員たちにとっては、「小沢 > 国民」なんだよね。

そもそも、こんな長い期間かけて「一兵卒」をも処分できない政党が、国政などできるはずもないのですが。まぁ、これまで民主党って誰も責任とってこなかったもんなー。なんかあっても開き直って居座るし。

菅たちは、予算法案を通して実績を作りたいがため、にべもなく社民党や公明党にすり寄ってます。そもそも内輪揉めしてる党に、誰が協力するでしょうかね。だいたい、国会を説得できる自信のない法案なぞ出すなと。

そんでもって、「方便だった」というル―ピーの超ド級のバカ発言。そういえば、ル―ピーさん、「菅が民主党をめちゃくちゃにしてしまった。でも、今選挙やったら、全部吹き飛んでしまうので、なんとか耐え抜いて民主党を再建しなくては。」とおっしゃってました。結局、政権を手放したくないだけの利己的考えですわな。

はたまた、「尖閣問題」については、代表選のために対応がおろそかになってしまったと認めちゃった菅。こんな総理に国を任せちゃたまったもんじゃありません。

外交はホントに失敗続き。アメリカとの関係悪化や尖閣問題だけでなく、北方領土問題でもロシアとの関係が過去最悪。「もう日本とは領土交渉しない!」と言われてしまいましたよ(もともと悪いのは勝手に占領したロシアだけど)。これは、外交をおろそかにしている証拠。そもそも、民主党には全然他国とのパイプがないのです。

マニフェスト、いや、詐欺フェストもつぎつぎとボロがでて、実行不可能。先日、江田法務大臣は、マニフェストは「心眼」で作ったとおっしゃいましたな。野党時代で資料が十分なかったため、また、霞が関がデータを出し惜しみしたため、という言い訳。要は、マニフェストは客観的事実に基づいて作ったのではなく、想像で作ってみましたというわけですよ・・・。

民主党政権下で日本はどんどん競争力を失い、国土まで失いかけてる・・・。経済的にも外交的にも危機的な状況なのに、いつまでも内輪もめ。口だけは立派。いやはや、一日も早く解散していただかないと、日本はヤバいですよ、マジで!!そもそも、国民のための政治を掲げてたのだから、国民の信を問うべきでしょう。

国民も、きれい事だけに流されて票を入れるようなことしちゃダメ。結局は自分たちにつけが帰ってきますよ。

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Relic
(c)pope_taddy photographed at my apartment, japan, 2011  © taddy



ヴァチカンから貴重なものをいただいちゃいました!!

故ヨハネ・パウロ2世の「聖遺物(せいいぶつ)」。「聖遺物」とは、簡単に言うと、聖人にゆかりのある貴重なもの。いただいたのは、ヨハネ・パウロ2世が実際に着用されていた衣服の切れはし。生前から聖人のほまれ高かった教皇ですが、異例の速さで今年の5月1日、聖人のひとつ前の段階の「福者(ふくしゃ)」にあげられます。

聖人や福者として認められるためには、生前の素行はもちろん、死後、その人のとりつぎで奇跡が起こることが必要。奇跡が起こるということは、その人が天国にいて、神さまにお願いしている証拠だから。しかも、そう簡単には認められず、地道で長い徹底的な調査がなされます。膨大な数の証言を集めたり、「奇跡」と報告された出来事も科学的なメスがとことん入れられます。あらゆる調査を尽くして、これは科学的にも説明がつかない事例だと判断されてはじめて、「奇跡」として受け入れられます。だから、聖人として認められるまで、最低でも50年くらいかかることはざらです。今回、パーキンソン病で苦しんでいた女性がヨハネ・パウロ2世のとりつぎを祈ったところ完治した事例が、奇跡として認定されました。

ポーランド出身の彼は、もともと演劇が大好きで、サッカーからボートまでこなすスポーツマン。ナチスのポーランド侵攻時、鉱山で労働者として働きつつ、地下組織で神学を勉強し、やがて神父に。若くして家族を失い、ナチスや共産主義政府の下で必死に生きてきた苦労人です。1978年に教皇に選出されますが、当時、誰も予想していないことでした。しかも、スラブ系では初の教皇。

教皇に就任してからは、「空飛ぶ教皇」として世界を駆け巡ります。世界100カ国以上を訪問。訪問先の言葉を必ず勉強し、降り立つとまずその土地への尊敬を表すため、地面にキスしてましたね。日本語でもスピーチしてました。若者たちとの対話を好み、新しいテクノロジーにも興味しんしん。他文化や他宗教との対話も熱心で、口先だけじゃない平和行動を実践。あらゆる層から慕われてました。

そうそう、1981年には暗殺未遂事件があったな。教皇の影響力を恐れた共産主義勢力(おそらくはソ連)が、トルコ人(アリ・アジャ)の共産主義者を雇い、暗殺を企てます。教皇は一般謁見中、至近距離から銃撃され重傷を負いますが、一命は取り留めました(死ぬまで後遺症に苦しみましたが)。ヨハネ・パウロ2世は、終身刑で収監されたアジャのもとを訪れ、自分の命を狙ったアジャを許しました。アジャは恩赦を受け、トルコに送還されます。2005年、ヨハネ・パウロ2世が帰天した際、アジャは非常に悲しみ、喪に服したそうです。

彼の功績で一番目立っているのは、共産主義の崩壊でしょうね。ゴルバチョフも彼がいなかったら共産主義は崩壊しなかったと言ってました。母国ポーランドも共産圏に属し、冷酷な独裁者によって治められていましたが、教皇が訪問した際、震えが止まらなかったというのは有名な話です。

葬儀には世界中から元首が参列。欧米だけでなく、中近東やイスラム圏、アジア、アフリカからも王族や元首が集まりましたね。たしか、300万人近く集まってローマがあふれかえった史上最大規模のものだったと記憶してます。それだけ彼が慕われていた証拠。ただ、日本政府は、儀礼上から言っても本来なら皇族や首相級の人間を派遣してもおかしくないのに、たしか首相補佐官レベルを派遣していたのが情けなかったな・・・。

彼が際立った偉人であったことは間違いありません。

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Congratulations
(c)masa_taddy photographed at ginza, japan, 2010  © taddy



アーティストの友人であるマサこと、橋本昌彦くん。

なんと、「ユースワーカー支援賞」という賞をいただきました!ボクも初めて聞く賞なんだけど、外務省と厚生省所管の公益法人である「ユースワーカー能力開発協会」が、設立40周年を記念して始めた「若者力大賞」の一環です。

http://blog.livedoor.jp/hashimotomasahiko/

前回(今回は第二回)の受賞者は、「若者力大賞」に歌手のMISIAや楽天のマーくん、「ユースワーカー支援賞」にはピアニストの横山幸雄さんや教育者の廣田和子さんが輝いています。

この一年、「絆」という子から母へのラブソングを、ライブハウスだけでなく、全国各地の保育園や幼稚園で歌い続け、育児に疲れたり親子の関係が壊れかかっている多くのお母さんたち(もちろんお父さんたちも!)を感動させ、希望を持たせることができた活動が、公にも認められたということですよね。素晴らしい!!

マサ、おめでとう!!みなさんも、これからもマサを応援してあげてくださいませませ。

あと、みんなにもちょっとお願い。友人の生れたばかりのベビーが、インフルエンザにかかってしまいました。小さな体にインフルエンザは大変です・・・。どーか、一日も早く元気になるよう、お祈りください!!

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Surprise
(c)candlestand_taddy photographed at my apartment, japan, 2011  © taddy



先日のこと。

ボクはネットで日本語のことについて検索してました。で、「日本語とラテン語の関係」という興味深い記事にぶつかり、クリックしてみると、そのことを本にした方の紹介が書かれてました。

「フランスでバンカーとして働かれ・・・」

ん?

「著者:与謝野達」

もしかして!!

そう、実は知りあいの方だったんです。 でも、ビックリはそこで終わりじゃありません。お名前でググってみると、なんと、2009年にフランスから勲章(レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ)まで贈られてるじゃござーませんか!そんなにすごい人だったんだ!!

で、さらに見ていると、何とお祖父さんは歌人・与謝野鉄幹。お祖母さんはあの作家&歌人・与謝野晶子。お父さんは外交官で、お兄さんは今巷を騒がせている政治家、与謝野馨氏。超サラブレッドなお方じゃありませんかー!!

与謝野ご夫妻とは、10年くらい前からの知りあい。お二人ともとても敬虔なカトリックで、「エマニュエル共同体」というフランスで結成されたカトリックの信徒共同体を日本でサポートされていらっしゃいます。

チャーミーグリーンのようなほのぼのとしたご夫妻で、いつも上品な笑顔を浮かべられ、とても謙虚で質素。あまりにシンプル&質素だったため、こんなにすごい方だったとはつゆとも知りませんでしたわ・・・。己を誇ることも全くないし。だって、10年も「正体」知らなかったんだもん。

いやー、驚いた!! でも、こういう人でありたいなー。どんなに偉くなっても、謙虚で質素で柔和で
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2011
(c)taddy_sunrise photographed at my apartment, japan, 2011  © taddy



Happy New Year!

Bonne Annee!

Feliz Ano Nuebo!

Boldog Uj Evet!

Sretan Nova Godina!

そして、あけましておめでとうございます!

みなさん、良い新年を迎えられましたこと、お祈りしております。今年もよろしくお願いします!ちなみに、上の写真は、我が家のベランダから撮影した初日の出。雲一つない晴れ渡った空に、飛行機雲が出ていて、はっとする素敵な光景でした。

昨日から「セール」という仁義なき戦いが、巷では始まっております。もちろん、王子も出陣 。戦利品は、デニム1本とブーツ1足。 もともとセールって、大したもの残ってないから、こんなもんっしょ。

それにしても、ボクが今以上に愛らしかった子どもの頃 。正月三が日は、どこもかしこも閉まってたよなー 。ひたすらヒマヒマで、ダラダラ過ごしてました。でも、それがかえって季節感を感じさせてくれてたり。 今は、正月から開いてるとこもあるから、いつもと何も変わらないもんなー。 正月という伝統が死んで行ってます・・・ 。

この年末年始にハマっちゃったのが、「やさいのようせい」という番組。 こんな素敵なものが、2007〜2008年にかけて放送されてたとは知らなんだ! しかも友だちのお父さん(天野喜孝氏。昔ならタイムボカンのキャラデザイン、最近ではファイナルファンタジーのイラストなどで有名ですね。)が作ったものだと知って、二度驚き!

CGで作られてますが、水彩画のような美しい絵、愛くるしいキャラたち、子どもの時代に戻れそうな世界観、素朴な音楽、どれをとっても心に響きます!名作!!

続けてくれないかなー。YouTubeに動画がアップされてるんで、シェアておきます。 ぜひ見て感想聞かせて!!(下のタイトルをクリックすれば飛びます。)

「やさいのようせい」動画
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Sirbine
(c)ignatius_taddy photographed at yotsuya, japan, 2010  © taddy



(c)ignatius_taddy photographed at yotsuya, japan, 2010  © taddy



(c)ignatius_taddy photographed at yotsuya, japan, 2010  © taddy



超寒い今日この頃。みなさん、生きてますか?

最近、会社の男子の間で、ガンダムやらなんやら、デスクに作りの細かいフィギュアやプラモを飾るのが流行ってるんです(ちなみに、だいだい30代のオサーン)。ま、デザイナーのセクションですから、いろんな造形美を追求するわけでして。

ボクはですね、ガンダムはもちろん好きだったけど、ダンバイン派なんですよ。「聖戦士ダンバイン」。小学生のころ、このファンタジーの世界でのオーラバトラーの戦いにはまりまくりました。

でも、ダンバイン、昆虫や怪獣などをモチーフに作られてるんだけど、当時、実は子どもには、その複雑な造形があまり受けなかったのだそー。めちゃんこカッコイイのになー。この違いが分かるボクって、やはり神童だったんだと思います。

ってなわけで、ボクも一体買っちゃつた♪ 「サーバイン」。やっぱかっこよすぎやわー w w w

さてさて、クリスマスはみなさんいかがお過ごしでしたか? カトリックのボクには、とても大事なシーズンなので、23日から毎日ミサへ。やはり、24日のイブのミサは、すんごい人ごみでした・・・。カップルや家族連れがクリスマスの雰囲気を味わいにくるので。

ってか、ホントは、クリスマスは始まったばかりなんだけどね・・・。イエズスの誕生のとき、3人の博士が訪れる話があるでしょ?生まれて初め公の前に現れたということを記念する1月6日の「公現祭(エピファニア)」までが、クリスマス。

あんど、昨日(12/26)は、裕二郎(白川裕二郎)とアンジェラ・アキの武道館ライブに行ってきました。メジャーデビュー5周年ということで、いつも以上に気合いの入ったパワフルなライブでした!!まだインディース時代にインストアライブをしてた頃からアンジェラが好きだったけど、こんなにすごい人気者となるとは感無量。やっぱ、彼女、おばちゃんトークも歌もうますぎ・・・。
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Christmas
(c)taddy_xmas photographed at meguro, japan, 2010  © taddy



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Very Merry Xmas to you all!!
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Marunouchi
 photographed at yurakucho, japan, 2010  © taddy



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 photographed at yurakucho, japan, 2010  © taddy



 photographed at yurakucho, japan, 2010  © taddy



 photographed at yurakucho, japan, 2010  © taddy



 photographed at yurakucho, japan, 2010  © taddy



週末、丸の内近辺をぶらぶらしてきました。

ぱっとするような華やかさはないけど、落ちついた、どこかヨーロッパの街並みのような大人の雰囲気がする場所なんで、結構好き。

エシレ(ECHIRE)に入ると、濃厚なバターの香りに包まれ、思わずフィナンシェを買ってしまいました。この時期、外は肌寒いけど、お店からこぼれてくる光が心をあたためてくれます。寒空の下、そういう光を楽しみながら、どこか懐かしい気持ちを味わえるこの小さな幸せ。最高。何気ない幸せこそが、一番の幸せだと思う今日この頃。

東京フォーラムでは、フランスのアルザス地方からやってきたクリスマスマーケット(マルシェ・ドゥ・ノエル)が。もみの木のやさしい香りとホットワインのスパイシーな香りが一面に漂っていて、これまた懐かしい気持ちにさせてもらいました。

光とあたたかさと喜びに溢れたクリスマスシーズン、一年で一番大好き!!
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